音楽を食べて大きくなった
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紺碧の将

異なる個性がぶつかり合って生じた音楽の化学変化

file.010『スティッキー・フィンガーズ』ローリング・ストーンズ

 私はかなりのストーンズ・ファンだと思っている。彼らのアルバムは、デビュー盤からすべて持っているし、何度もコンサートに足を運んだ。

 しかし、ストーンズに長いキャリアは要らなかったというのが正直な感想だ。というのも、デビュー盤から『サタニック・マジェスティーズ』までは稚拙過ぎて積極的に聴こうと思えないし、『アンダー・カヴァー』以降は新作を発表するたび、落胆させられた。もうストーンズの新作は聴きたくない。60年近い彼らのキャリアのなかで、旬は13年くらいしかなかったと思っている。1980年初頭で活動を辞めてくれれば、それ以降の作品は買わずに済んだのにと思っているくらいだ。そういう人はストーンズ・ファンとはいえないかもしれない。

 そんなわけで、私が愛聴しているストーンズは1968年の『ベガーズ・ヴァンケット』から80年の『エモーショナル・レスキュー』まで(『タトゥー・ユー』を加えるかどうかはとても微妙)。

 なかでも好きなのは、ミック・テイラーが在籍していた時代の4枚。すなわち、『スティッキー・フィンガーズ』『メインストリートのならず者』『羊の頭のスープ』『イッツ・オンリー・ロックンロール』。これらに共通するのは、適度な間合いがあって、風通しがいいということ。起伏に富んでいて一本調子ではなく、パワーとエモーションが絶妙なバランスを保っている。おそらくミック・テイラーというストーンズに不似合いな異分子が加入したことによって、なんらかの化学変化が起きたのにちがいない。クラプトン仕込みのテイラーのギターワークは定評があるし、キース・リチャーズのリフとも相性がいい。

 それら4枚に加えて『ベガーズ・バンケット』と『レット・イット・ブリード』、そして80年に発表された『エモーショナル・レスキュー』を加えた7枚が特に好きで、ロン・ウッドが加入したばかりの『ブラック・アンド・ブルー』と『女たち』を含めた9枚あれば、あとはなくなってもいい。

 と、ストーンズ・ファンにしては複雑な胸の内を打ち明けてしまった。

 

 今回取り上げた『スティッキー・フィンガーズ』は、オリジナル・メンバーでありリーダーのブライアン・ジョーンズが脱退した後、ミック・テイラーが加入した最初のアルバム。

 前作『レット・イット・ブリード』において、ブライアンがドラッグ中毒でまったく使い物にならなかったため孤軍奮闘していたキースだったが、テイラーの加入によって得意なリフに専念することができるようになったことが大きい。リズムはキース、リードはテイラーと役割分担が明確になされ、バンドのクオリティが一気に高まった。

 本作に収録した曲は「シスター・モーフィン(Sister Morphine)」を除き、1969年12月1日から4日にかけて、アラバマのマッスル・ショールズ・スタジオで録音された。この2日後に開催された「オルタモントの悲劇」で知られるオルタモント・フリーコンサートでは、このアルバムを象徴するオープニング・ナンバー「ブラウン・シュガー(Brown Sugar)」が披露されている。

 本作は、ロックン・ロール、ブルース、カントリー、バラードと多彩な曲で構成されているが、最大の聴きどころのひとつが「キャント・ユー・ヒア・ミー・ノッキング(Can’t You Hear Me Knocking)」。キースのリフは冴え渡り、尖ったミックのヴォーカルと感応している。途中からボビー・キーズのサックスやコンガやパーカッション、ビリー・プレストンのオルガンが絡みつき、テイラーの流麗なギターが夜空に大輪の花を描くかのように煌めいている。

 LPではB面最初の「ビッチ(Bitch)」もいい。サックスとトランペットが炸裂し、キースの高速リフが冴えに冴え渡る。

 ほかに唯一のカバー曲「ユー・ガッタ・ムーヴ(You Gotta Move)」もブルージーな味わいがある。ストーンズは意外にブルースのカバーがうまい。適度に肩の力が抜け、アルバム全体の風通しをよくしている。

 このアルバムは、アンディ・ウォーホルが手がけたジャケット・アートも物議を醸した。表側はジーンズを穿いた男性の股間のクローズアップ。本物のジッパーが取り付けられており、実際に開くことができる。日本盤で使われたジッパーはYKK製である(写真右上)。ジャケットの中にはブリーフを穿いた男性の股間の写真が封入されており、アレがどちらを向いているかと妙な話題にもなった。

 アルバムタイトルになったSticky Fingersとは「盗み癖」という意味のスラング。直訳すれば「べとべとした指」。アメフトなどでよくボールをキャッチする人という意味もあるようだ。

 このアルバムは10代から60代の現在までまんべんなく聴き続けている。まったく飽きない。おそらく千数百回は聴いているだろう。もはや、私の血肉の一部になっている感がある。

 余談だが、ベーシストのビル・ワイマンは1989年、「Sticky Fingers」という名のレストランをロンドンに開店している。

(1971年作品)

 

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