寄せ集めなのに魅力たっぷり
ザ・スミスという感性豊かなロックグループのことを知ったのは、40年くらい前のこと。当時、「Debue」というLPレコード付きのマガジンを定期購読していた。サイズはLPレコードと同じ。英国のインディーズシーンの最新情報と1枚のレコードがセットになっていた画期的な内容だった。当時、新しい流れはほとんどと言っていいほどイギリスから始まっており、私は「Debue」から有用な情報を得ていた。特に、当時耳目を集めていたラフ・トレードというレーベルからリリースされる作品は、多くが刺激的だった。
そのなかにザ・スミスの曲があった。一聴して、なんてナイーブでそれでいて尖った音楽なのだろうと思った。それからほどなくして1984年11月、2枚めのアルバムが発売された。それがこの『ハットフル・オブ・ホロウ(Hatful of Hollow)』である。
ただしこの作品、純粋にオリジナル・アルバムとは言い難い。正確にはコンピレーション・アルバムだろう。簡単に言えば、寄せ集めなのである。デビュー盤『ザ・スミス』とオリジナル2作目の『ミート・イズ・マーダー』の間にはわずか1年しかないが、このアルバムはその間隙をぬって作られた。ここに収録された16曲の内、5曲はデビュー盤のバージョン違いで、他はBBCラジオで放送されたセッショやそれまでに発売されたシングル盤のB面を集めたもの。
ところが、急場しのぎの仕事がいい結果となった。内容よければすべてよし、文句はない。この作品は清新で詩的でしなやか、聴き手の心の裡にさらりと忍び込んでくる力がある。
彼ら(特にバンドの中枢メンバーであるモリッシーとジョニー・マー)は、作った曲をひとつも余すところなく世に出したかったのだろう。そのパッションが、寄せ集めのアルバムをこれほど内容の濃いものにしたのだと思う。
オープニングの「ウィリアム(William, It Was Really Nothing)」がこのアルバムの性格を物語っている。わずか2分9秒、ワンコーラスとサビの繰り返しであっさり終わってしまう。あらゆるポップソングには2番、3番があるものだが、この曲は1番までしかない。逆をいえば、アイデアが溢れてしかたがないから、曲を短くしてたくさんの曲を収録したいということだったのではないか。だからこその16曲収録なのだ。
このアルバム中、最良の作品は「ディス・チャーミング・マン(This Charming Man)」。歯切れのいいギターとモリッシーのみずみずしいヴォーカルが絶妙のマッチングをみせている。
ザ・スミスは実質4年の活動期間中にスタジオ・アルバム4枚をリリースした。ソングライティングは作詞はモリッシーが、作曲はジョニー・マーが担当した。『クイーン・イズ・デッド』はニュー・ミュージカル・エクスプレス誌のオール・タイム・ベスト500でトップに選定されるほどイギリス人のハートをつかんでいる。「女王は死んだ」というタイトルの作品がそれだけの人気を集めているということにも驚きを隠せない。日本で「天皇は死んだ」などというタイトルの作品を発表したら大問題になるだろう。
モリッシーは、その後もなにかとぶっそうな発言を繰り返した。先輩ロック・アーティストたちに対しては歯に衣着せぬ辛口の批判を続けた。近くにいたら、そうとうにイヤな奴だったろう。もちろん、それと作品の質はなんの関係もないのだが。
ただ、モリッシーの過激さは弱気の裏返しなのにちがいない。だって、飛行機が嫌いというだけでアメリカ・ツアーにも行かなかったくらいだから。
●知的好奇心の高い人のためのサイト「Chinoma」10コンテンツ配信中
本サイトの髙久の連載記事
最新の書籍(電子書籍)