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No.40

千年の時をつなぐ。
小川三夫が現代に伝える
飛鳥の工人の技とこころ

Contents

 ある晴れた冬の日、裏手にあたる北門から薬師寺に入った。近年再建された大講堂に突きあたったところで、立ち並ぶ紅白梅に導かれるように左に折れた。
 砂利を踏みしめる音がいっそう静けさを際立たせる。
 東僧坊を通り抜け、東回廊に沿って歩いているときも、目指す金堂や西塔は見えなかった。幾多の災禍を免れ、往古の佇まいをたたえる東塔の姿にみとれながらも、知らず知らずのうちに目は西塔と金堂を求めていたのである。なぜなら、享禄元年(1528)の兵火により消失したまま、400年以上も礎石(柱を支える石)しか残っていなかった西塔や仮金堂だった金堂の再建に尽力した人こそが、故・西岡常一(当時・棟梁)であり、今回この特集でご紹介する小川三夫(当時・副棟梁)であったからだ。
 
 東院堂でしばし道草をはみ、東回廊の角を曲がった時だった。塀越しにいきなり西塔が姿を現したのだ。
 その時の清々しい感動をどう表現したらいいのだろう。
 一瞬のうちに涙があふれてきた。体の芯から、なにやら暖かいものがみるみる全身に伝播していった。近年まれにみる体験だった。
 感傷的になっていたのではない。そもそも、そういう状況になることをよしとする人間ではない。
 ただただ、ありがたいと思ったのである。西岡氏や小川氏の仕事に対して、そう思ったのだ。こんなに素晴らしい仕事をしてくれてありがとう、ただそれだけだった。西岡氏や小川氏がこの世に生まれてきてくれたことに対し、日本人のひとりとして感謝の気持ちがわき上がってきたのである。
 しかし、それほどの偉業をなしとげていながら、西塔の前に掲げられている再建のくだりを説明する棟札に小川氏の名はおろか、西岡氏の名前さえ書かれていない。
「自分らが造るものは二百年、三百年先のことを考えている。それだけに苦労も多いし、大変だけど、面白くもあるな。工芸品や芸術作品と違って、建造物は大自然に逆らって建っている。引力に逆らって高くし、風雪に耐えて建ってなくちゃならない。だから頭のなかだけで考え、絵を描くような図面じゃしょうがないんだ。設計者は後世まで名前が残るかもしれんが、俺たち大工の名前なんか残らないよ。それでも造るからには大自然のなかで負けない、美しくなくちゃいけないと思う」
 と小川氏は『木のいのち木の心』(地篇)で語っているが、その通りの姿で建っている。薬師寺の西塔も金堂も、法隆寺の五重塔も金堂も法輪寺三重塔も、ただただ気高く、凛として美しい。
 西岡氏や小川氏に対する感謝の気持ちが一段落したあと、こう思った。二人は本当に幸せな人だ。こんなに幸せな人は世界広しといえど、そうそういるもんじゃない、と。全身全霊を打ち込める仕事を見つけ、それをまっとうし、その結果多くの人たちの心を豊かにし、ずっと感謝される人など、実はこの世にそう多くいるものではないと思うのである。
 地位も名誉も求めず、ただ日本の古代木造建築に魅せられ、ひたすら宮大工の仕事に没頭する小川三夫氏とその師である故・西岡常一氏。二人の厳しいながらも心暖まる師弟関係と、千年の技を引き継ぐことの尊さ、そして時代を担う若者たちへいかにそれらを伝承させているかをテーマに、本特集記事をボリュームアップしてお届けします。
 この記事を読んで、こんな素敵な日本人がまだまだいるということを知っていただけたら、本望である。

●企画・構成・取材・文・制作/髙久 多美男
●写真/渡辺 幸宏

 

● fooga No.40 【フーガ 2005年 5月号】

●A4 約90ページ 一部カラー刷り
●定価/500円(税込)
●月刊
●2005年4月25日発行

 

おかげさまをもちまして、完売いたしました

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