No.83
若きサムライ炭焼師
原伸介、職人の魅力を信州から発信
Contents
原伸介、三十六歳。横浜生まれ、横須賀育ちの彼が信州に移り住み、炭焼きをなりわいとするようになったことは、どうしても偶然の出来事とは思えない。一つひとつの伏線だけを見れば、それらを「偶然」として片付けることもできよう。しかし、今となっては、やはりこの男は信州の山の神々に召喚されたにちがいないと確信を抱くばかりである。なぜか…。
日本は戦後、加工貿易を国作りの根幹と定めた。原材料を輸入し、加工してから輸出するという加工貿易に合った教育、税制など、すべての体勢を整え、欧米先進諸国へのキャッチアップに勤しんできた。規格大量生産方式に適う人材と言えば、協調性があって忍耐強く、ある程度の基礎知識があることである。それ以外の個性はむしろ邪魔だった。だから、周りの人たちと同じようなことをすることが当然だと思われてきた。その結果、西ドイツとともに「奇跡の復興」と呼ばれるまでに経済的には成長したが、一方では実に多くのものを失った。それが歪みとなって社会現象のあちこちに現れるにいたり、さまざまな分野で「これではいけない」という反動が現れるようになった。その動きを象徴的に体現しているのが今回紹介する原伸介だと言ってもいい。
なにしろ原伸介は、戦後、暗黙のうちに形成された日本人の価値観、すなわち、いい成績を修めていい大学に入り、一流企業や役所に入ることが幸せだとする価値観から大きく逸脱している。ある意味、そういった価値観からもっとも離れたことをしてきたと言っても過言ではない。
松本郊外の山にこもり、斜陽産業の見本のような炭焼きをたった一人で続けている。赤貧洗うが如しの生活を何年も続け、ついには全国に二人といない職業スタイルを築きあげてしまった。まさしく異端児そのものである。十四年前、弱冠二十二歳にして「山に恩返しをしたい」と言って信州の山に分け入った伸介の夢を理解した大人は一人もいなかった。無理もない。それほどに彼のやろうとしていたことは、無謀だったのだ。
彼の事例は、多くの子どもたちに大きな影響を与えるだろう。「なーんだ、一流企業に入ることだけがすべてじゃないんだ」と悟らせるには充分すぎるほど魅力的だ。彼は炭焼きをしていないオフシーズン(半年ほどの間)に五十回近くも講演をするが、彼の話を聞いた子どもたちは目を爛々と輝かせるという。「職人の素晴らしさ、現場の魅力を伝えたい」と伸介は語る。黙して語らず、が当たり前の職人の世界にあって、彼は異色である。本人は「邪道」と笑うが、「喋って書ける炭焼師」として、伝道師の役割も果たしている。もともと物作りが得意だった日本において、職人の復権は近いうちに必ずあるはずだ。その火付け役の一人は、まぎれもなく原伸介と言っていい。
●企画・構成・取材・文・レイアウト/髙久 多美男
●写真/渡辺 幸宏
● fooga No.83 【フーガ 2008年 12月号】
●A4 約80ページ オールカラー刷り
●定価/500円(税込)
●月刊
●2008年11月28日発行
おかげさまをもちまして、完売いたしました
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