No.86
心を織る
織物作家 善林ひろみの慈しむもの
Contents
初めて善林ひろみさんの紡いだ木綿糸にさわったとき、「あたたかい」と思った。それは、手のひらの中でふんわりとやわらかく、それでいて弾力があり、軽く握った手をゆるめると、ふわっとしたふくらみを取り戻す。この瞬間、木綿糸がわたという繊維作物からできていることを実感する。またこの糸によって布ができる不思議さを思う。
今や世の中は機械による既製品であふれ、洋服も寝具も簡単に手に入れることができる。それは便利でスピーディーで、めまぐるしく変化する流行にも素早く対応できる。手頃な価格のものもあふれているから、数多く所有することだって可能。
でも、これっていいことなのだろうか?
善林さんの話を聞いて、手仕事を見ているうちに、早く、簡単に手に入ることのつまらなさを感じた。失っているものがあるように思った。それはたとえば、作り手の思い、受けての思い、そこに刻み込まれていく日々の記憶のようなもの。簡単に捨てることのできない、ものをいとおしく思う気持ち。
丹波木綿の移植作家として二十年ほど創作を続けてきた善林さんは、六年ほど前から裂織を始めた。裂織とは簡単に言うと、使い古された布地をひも状に裂き、それをよこ糸にして織り上げられたもの。
たとえば善林さんがセーターの上に着ている黒のベスト。これは元は母親の花嫁衣装で、黒の留袖のような着物に金色の鶴が刺繍されていたという。その衣装は親戚の間で、婚礼の時に何人もの花嫁が着たという思い出の品で、色もあせてシミができていた。善林さんはその衣装を裂いて織り、ベストに仕立てた。
黒いベストに縦に入っている金色の線が、元は花嫁衣装に施されていた刺繍の鶴だと言ったら、想像できるだろうか。
「これは裂織を始めて最初の頃に作ったものです。やっぱり思い出があるから大切に着たいって思いますよね」
その手仕事を見ていると、時間をかけて、気持ちをこめて作る楽しさを感じる。一つひとつの動作に気持ちが刻み込まれていく。
思い出の詰まったベストを着ている善林さんはとてもあたたかに見えた。本当の豊かさはお金を存分にかけることじゃなく、ゆっくり手間隙をかけて生活することなのかもしれない。
織物作家・善林ひろみの手仕事、そこに込められた思いを、すばらしい作品とともにお伝えできればと思う。
● fooga No.86 【フーガ 2009年 3月号】
●A4 約80ページ オールカラー刷り
●定価/500円(税込)
●月刊
●2009年2月28日発行
おかげさまをもちまして、完売いたしました
fooga Lineup
-
No.92
愛の使者 スターリィマン
はせがわいさおファミリー
が織りなす「家族の絆」 -
No.91
かめのようなくま
あおいくまさん、窓際からの挑戦 -
No.90
日本再興の大波を起こす
経営思想家 田口佳史、
乾坤一擲の大仕事 -
No.89
兼元謙任、流転の海を泳ぐ
ホームレスだった社長が伝える
「生きる愉しさ」 -
No.88
カリスマ模型師
芳賀一洋の創造力 -
No.87
墨の愉しさに遊ぶ
書家
川又南岳 -
No.86
心を織る 織物作家
善林ひろみの慈しむもの -
No.85
着物スタイリスト
石田節子の来し方 -
No.84
一瞬の煌めきに命を懸ける
花火師
田島浩の仕事 -
No.83
若きサムライ炭焼師 原伸介、
職人の魅力を信州から発信 -
No.82
月夜の旅人たち
加藤千代の神秘的な染画の世界 -
No.81
本物の桃源郷
失われた日本の美を求めて -
No.80
国民に希望を、自治体の首長に勇気を
中田宏×高橋克法
夢のある話をしよう -
No.79
失われる時を求めて
日本画家
阿良山早苗の描く懐かしい情景 -
No.78
日本一単純な男
てんつくマンが
世界を変える!(かも) -
No.77
邪鬼、目覚める
陶芸家
藤原郁三の逆転の発想 -
No.76
書に尽くし、書に生きる
上松桂扇の心に宿る、
上松一條の魂 -
No.75
接客の奥義。 元マキシム・ド・
パリのメートル・ド・テル
秋山隆哉の人生作法 -
No.74
moment. 感じる瞬間
写真家
森日出夫のファインダー -
No.73
パリ×京都=ワサブロー
永遠の異邦人・ワサブロー -
No.72
本物はアウェーでも勝つ。
挑み続ける男、
セルジオ越後の軌跡 -
No.71
演じることは、生きること。
横浜夢座座長・五大路子 -
No.70
文化とビジネスの幸福な融合
二期倶楽部 代表・北山ひとみが
描く、文化の桃源郷 -
No.69
「ねえ、これいいでしょ」
北原照久、筋金入りの
蒐集(コレクション)人生 -
No.68
時空を描く
日本画家 片柳直美の世界 -
No.67
ぼくのともだち
ハマのプチ・ファーブル
熊田千佳慕が描き続ける小さな命 -
No.66
からくり人形師 半屋弘蔵
からくりとは魂の技術である -
No.65
横浜市長
中田宏レヴォリューション -
No.64
知る愉しみ。
小原二郎の研究人生 -
No.63
サクラサク。 陶芸家
島田恭子の咲かせる花 -
No.62
陶芸家 成良仁の来た道、
造形作家 南田是也の行く道 -
No.61
風のように 山のように
柿沼翠流、書の桃源郷へ。 -
No.60
私流を生きる
和紙人形作家 田村顕衣 -
No.59
釣りの魔力
トーナメントアングラー 大森誠 -
No.58
刀工
加藤慎平・日本刀の美学。 -
No.57
尋花澄泥硯
明石良三が恋した、幻の硯 -
No.56
建築家
隈研吾の作法 -
No.55
幽玄を舞う
観世流能楽師・渡邉洋子 -
No.54
よく働き、よく遊び、
伊藤信夫、今日も完全燃焼! -
No.53
しあわせが宿る えほんの丘へ
いわむらかずおの
絵本の世界にふれる -
No.52
菓子づくりに魂をこめて。
西原金蔵、仕事の幸福を堪能す -
No.51
田川
街に流れて -
No.50
努力するということ。
凛として美しい、
和久文子の箏人生 -
No.49
輝きを追いかけて
若き書道家 赤澤寧生の
静かな咆哮 -
No.48
瀑音水飛沫
世界三大瀑布を完成させるまで
松本哲男の壮大なる挑戦 -
No.47
永遠に変わらぬものを
林香君の見つめる先 -
No.46
熱くて温かいニッポンの男
船村徹、ひとり列伝 -
No.45
男の華道 華道家
川上裕之が拓く
いけばなと造形 -
No.44
命の躍動を撮る
動物写真家・福田俊司の
メッセージ -
No.43
風と星と水の聖地
奥日光 -
No.42
いただくといふこと。
坂寄寛がたどりついた
料理の愉しみ -
No.41
美の生い立ち
新世紀のBonsai Artist
森前誠二 -
No.40
千年の時をつなぐ。
小川三夫が現代に伝える
飛鳥の工人の技とこころ -
No.39
絵描きほど素敵な人生はない
孤独で幸せ
今村幸治郎の世界 -
No.38
あたたかな石の異世界
大谷へ -
No.37
漆アート[URUSHI-ART]
宮原隆岳・宮原楓翠
創造のストレイン -
No.36
眠れる衣のものがたり
馬場和子さんのオートクチュール -
No.35
花のある空間。
フラワーデザイナー
佐藤康之 -
No.34
メイキング オブ
「見川鯛山、これにて断筆」 -
No.33
新・リーダー論
宇都宮市長・福田富一が描く
近未来風景 -
No.32
プリミティブな呼吸
ricchan
@DANCE DANCE DANCE -
No.31
FACE OFF
日光アイスバックス 躍進の可能性 -
No.30
内なる宇宙への旅人
宮坂健のファンタジックワールド -
No.29
博物画家 長谷川哲雄さんと
初夏の野を歩く -
No.28
音楽の香りを
小川倫生のギタープロジェクト -
No.27
カクテルは人生と
恋の数ほどございます。
バーテンダー 田島明 -
No.26
若きチェリストの春秋
世界へ羽ばたけ
宮田大 -
No.25
ミニ蒸気機関車に夢を乗せて
汽車工房
山口勇の悦楽人生 -
No.24
森羅万象を折る
吉澤章
「ORIGAMI」の世界 -
No.23
独木に想いを託して
露木惠子、その清冽な
日本画の世界 -
No.22
和食で味わう
栃木食さい(後編) -
No.21
和食で味わう
栃木食さい(前編) -
No.20
日光東照宮 -
No.19
見川鯛山は、
人生を愉しむ達人だ。 -
No.18
いにしえからみらいへ
ふたつの美術館を訪ねて -
No.17
高田契と歩く
芭蕉の下野路 -
No.16
パリ・イシ オーナーシェフ
吉田忍の野望 料理は格闘技だ。 -
No.15
栃木とフレンチのマリアージュ
音羽和紀シェフの挑戦 -
No.14
創る
受け継がれる技、生み出される魂 -
No.13
愛という字
酒井真沙のあしあと -
No.12
酒神の宿る蔵
2人の杜氏 -
No.11
奔れ! タカハシ
高橋靖史、現代美術の新境地を拓く -
No.10
小田島造船所の仕事場
小田島建夫に学ぶ大人の遊技 -
No.9
ロードレースの聖地へ。 -
No.8
「絆」
そばにあなたがいてくれたから -
No.7
「本」を食べよう -
No.6
愛すべきY染色体たちの
ディープな世界 -
No.5
書のアヴァンギャルド
柿沼康二の世界 -
No.4
和菓子を愉しむ。 -
No.3
地元写真作家による、
フォトアート 誌上展覧会 -
No.2
もうすぐ春だから、
宇都宮を旅しよう。 -
No.1
坂田甚内という開墾、
ん太郎という愚直。