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No.57

尋花澄泥硯
明石良三が恋した、幻の硯

Contents

 恋は、突然やってくる。ふいに心を奪われて、たちまち夢中になっていく。それはあたかも炎のごとく激しく熱く燃え上がり、目の前にあるいつもの風景や、日々のちょっとした出来事を色鮮やかに染めていく。

 

 二十年前、ある青年が恋をしたのは幻といわれる硯だった。わかっているのは澄泥硯という名前だけ。姿無き相手への片想い。その日から、まだ見ぬ彼女の存在が、彼のすべてになっていった。寝ても覚めても、頭は彼女のことばかり。その姿を追い求めて、格闘する日々。手強い相手は、遠い昔の中国で生産が途絶えて以来、原料や製法などすべてが謎に包まれた硯である。どうすれば自らの手で、彼女を現代に蘇らせることができるのだろうか。募る想いと、焦る気持ち。この恋は、あきらめなければならないのか? 時間だけが無情にも過ぎていく、厳しい現実。しかし、若き日の明石良三はけっしてあきらめようとはしなかった。

 

 それから十年。やっと出逢えた彼女の姿は美しく、あまりにも静かだった。手が届くのに、触れることをためらいそうになる。表紙の写真をもう一度見てほしい。この硯の製法は何千年の時を経て、今この場所で、現代の硯となり確かな存在感を放っている。もう幻ではない。それは、明石さんの熱い想いが創り出し、「尋花澄泥硯」と名づけられた、本物の澄泥硯だ。

 

 たった一人で彼女の影を追い続けた、明石さんの孤独でひたむきな恋。その生き方は、日々の生活の中で埋もれてしまいそうになる大切な気持ちを、思い出させてくれる。微笑みながら、彼は言う。

 

 「好きになるのに、理由なんてないでしょう。好きで仕方ないんだ」

 

 あなたには、胸を張ってそう言える何かがありますか? 

●企画・構成・取材・文・制作/岩本 美香
●写真/渡辺 幸宏

 

● fooga No.57 【フーガ 2006年 10月号】

●A4 約90ページ 一部カラー刷り

●定価/500円(税込)
●月刊
●2006年9月25日発行

 

おかげさまをもちまして、完売いたしました

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